平野郷について

弊社が産声を上げた大阪市旧平野郷地区の歴史をご紹介させて頂きます。

平野郷地区は、現大阪市平野区平野本町を中心とした東西南北約500~800mに開けた自治地区でした。平安時代の初期に、坂上田村麿呂(さかのうえたむらまろ)の子、坂上広麿呂(ひろのまろ)に託された荘園で1100年あまりの歴史があると言います。(広麿は、平野(ひらの)の語源と言われています。)
平野は、古くから環濠 (堀状の池)に囲まれた自治都市で、だいたい現在の大阪市平野区平野本町地域とその周辺が当時の平野郷となるものと思われます。
真下の地図は宝暦13年( 西暦1763年)の粕谷佐一氏蔵の地図です。

当時の平野郷の産物には、平野酒、平野飴、綿、こんにゃく等の項目が見られます。


昔、酒の販売は、通いの酒壺で販売していた。(吉村蔵)

昔は、平野郷の中心街は、旧奈良街道沿い(現国道25号線の南側の筋)にあり、商店が立ち並びにぎわっておりました。
下の地図がその「泥堂筋 (でいどうすじ/でんどすじ) 繁昌記」という、当時の記録です。
商店や旅籠が立ち並んでいる様子がうかがえます。
地図の真中右寄りの「丸一工場」は、丸一鋼管(株)の元の工場、その向かい側(下)に、丸一金属発祥の地があります。また、「丸一工場」の横の安田銀行(第百三十銀行)は、昭和26年に富士銀行と名前が変わり、場所を移動し、現みずほ銀行となっています。

平野郷(杭全神社)の夏まつり・野堂北組

大阪市平野区内の旧平野郷地域には、毎年7月に大阪市内で、最も規模の大きいだんじりまつりがとり行われます。

まつりとしましては、

7月11日の布団太鼓、神輿 (神社の行事)
7月12日~13日のだんじり曳行 (町衆のまつり)
7月14日の布団太鼓、神輿 (神社の行事)

という日程で行われます。この日程は、曜日に関わりなく、今のところ変更はありません。

旧平野郷地区には、古い町割(区画)のなかで、九つの町でそれぞれだんじりを所有し、毎年7月12日、13日にだんじりを曳行します。
当社の発祥の地は大阪市平野区(旧平野郷)でその地域の中の野堂北組の町割りにありますので、ご紹介させて頂きます。

「野堂北組」のだんじりは、平成7年に新調され現在に至っております。
新だんじりの彫り物の主題は、中国の「三国志」ですが、黒の欄干、前鬼板の八咫烏(やたがらす)や後鬼板の「満月うさぎの餅つき」、台木の魚介の彫り物といった先代のだんじりの特徴を残しております。
先代のだんじりは、約120年間平野で曳行され、現在、兵庫県の神戸灘地区にて現役で曳行しています。


野堂北組 法被 (はっぴ)
図柄の波と波千鳥は、野堂北地域に魚棚(うおんたな)といって魚屋が多かった通りがあった事に由来すると言います。


夜の曳行
綱を外し、若い衆が一丸となり勇壮な曳行となります。


平成7年、新調後初めての本まつり


平成25年7月11日 野堂北組 布団太鼓


平成26年7月12日 野南町南組と合同曳行


平成26年7月12日 野南町南組と大通りを並走。今までで初の快挙。


はっぴの図柄に有る「波千鳥」


昼間の曳行
綱をつけて、子供が曳き、ゆっくりと曳行します。


だんじり新調から平成26年7月で20周年になりました。


平成26年7月14日 野堂北組 神輿宮入前


平成26年7月14日 野堂北組 神輿宮入後


ちなみに私は平成15年度の平野郷夏まつり全体を取りまとめる、当番町委員長を1年間務めました。

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